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第7章 特別音響編「見つけたよ、私の戦車道」3/4

岩浪美和さんは、音響監督だ。
音響監督とは、外国映画の吹き替えやアニメーション作品の収録など、声優の現場に立ち会い、演出や演技指導などを行う仕事だ。監督や音響効果など他のスタッフたちとも相談しながら、効果音なども調整を施していく。
岩浪さんは、そうした音響監督の中でもベテランの一人。
様々な有名アニメや映画を担当してきており、岩浪さんが担当した、ということが話題になる作品もある。

だが岩浪さんは、そうしたアフレコ現場での仕事もさることながら、その多忙な合間を縫って、全国の映画館で「音響調整」をしている。
岩浪さん含むチームメンバーが、映画館を直接訪問し、その現在の音響設備の中で「映画の音がしっかり表現できる」ようなセッティングをほどこし、かつ劇場側にもそのセッティングを指導するのだ。

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2016年に来館した音響チーム。一番右が岩浪さん。

岩浪さんの言葉を借りると、「音響設備をフルに活用できている劇場はまだまだ多くない」とのこと。
だが、1本の映画の中には、ささやくようなセリフから風の音、ざわめき、BGM、爆音・轟音など、大小さまざまな音が含まれている。それを表現しきらないのは作品にとっても良くないし、本来作品によって最適な音響設定は変わってくるはずだ。
だから、自身の手の届く範囲だけでも、しっかりした音を届ける劇場を増やそうと奮闘している。
その根本にはやはり、作品愛があり、作り手たちへの想いがある。
奮闘した結果、「映画館で映画を観る楽しみを知った」という声があがるのがとても嬉しいという。

そんな岩浪さんが、「映画を愛し、映画を愛する観客に作品を届ける」べく奮闘していた塚口サンサン劇場と出会ったのは、ある意味必然だった。

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2020年のトークショーの時。

きっかけは、前項で述べた、2016年2月末からの『ガールズ&パンツァー』、通称ガルパンの劇場版上映の時だ。
ガルパンも岩浪さんが音響監督を担当した作品だが、映画上映時には立川シネマシティをはじめ、各地の映画館での直接音響調整を精力的に行っていた。
そんな中、サンサン劇場でのガルパン上映が発表された1月、あるファンたちが、ツイッターにこう書きこんだ。
「塚口サンサン劇場さん、岩浪さん呼んでほしい」
「塚口サンサン劇場も岩浪音響監督仕様のガルパン音響にチューニングして頂きたい」

戸村さんはそのツイッターを見ていたが、「いやいや、わざわざ東京から来ていただけるなんて無理でしょう」と考えていたという。
そこに、配給会社から連絡が入った。
「岩浪音響監督が塚口にも調整しに行けるみたいなのですが、どうしましょう」
ツイッターを見ていた岩浪さんが、かねてより話題が広がっていたサンサン劇場に行きたいと申し出たとのことだ。
驚いた戸村さんだったが、快諾し、それまで単発のレンタルだったウーハーを、長期レンタルすることにした。

そして2月13日、岩浪さん含めた音響チームが来訪する。
ガルパンの音響ともあって、今回は爆音・轟音を押し出したスペシャル調整を施すことにした。過激すぎるセッティングで、劇場が揺れるほどの音が出たが、戸村さんたちは笑いながらOKを出した。

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だがその調整の風景を見ていた戸村さんたちの頭をよぎったのは、新鮮な驚きだった。
「音一つで、こんなにも映画の表情が変わるのか」
一方で、こんな思いも生まれてくる。
「いままで、映画の本当の表情を伝えきれていなかったのか」と。
この岩浪さんとの出会い、そして音響という世界の奥深さと魅力が、塚口サンサン劇場の「特別音響上映」への扉を開くことになる。

一方で岩浪さんたちは、塚口サンサン劇場の情熱に心打たれていた。
ウーハーが常設された5月に再来館した時、地下一階には、鮮烈デビューを飾ったダンボール戦車が鎮座していた。
それを観た岩浪さんは、大笑いした後、少し涙したという。
他の、劇場の細部にわたるホスピタリティも含めて、劇場側の「映画をお客さんに届けたい」という思いを理解したからだ。

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ダンボール戦車は後日、どんどんパワーアップする

岩浪さんたちの「映画を正しい音で、正しい環境で観てほしい」という情熱と、戸村さんたち塚口サンサン劇場の「映画を映画館で楽しく観てほしい」という創造性あふれるホスピタリティが、交差した瞬間であった。