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推しへの愛が炸裂 神戸クラシックコメディ映画祭が「発掘」した喜劇人たち

神戸クラシックコメディ映画祭を主催する団体「古典喜劇映画上映委員会」の委員長のいいをじゅんこさん。そのインタビューの後編です。
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クラコメ2020の時の神戸映画資料館

■忘れられたコメディアンたち

――クラコメは、チャーリー・バワーズをはじめ、忘れられたコメディアンに出会える貴重な機会としても機能していますね。

いろんなコメディアンを紹介したいという気持ちは当初からあったんですけどね。なかなか難しいんです。マルセル・ペレーズもそうだし、アリス・ハウエル(「女チャップリン」と称された名コメディエンヌ)も。まあ、チャーリー・バワーズもそうなんですけど、あまりにも知られていないコメディアンを急に特集してもね。みんなピンと来ない。そのあたりは試行錯誤してます。あまりにマニアックでもお客さんがポカンとしちゃうし。


アリス・ハウエル

――でもチャーリー・バワーズはヒットしたわけですから。

そうですね。あれは何やったんかな。本当にいきなりね。
だけど、そうですね。全然忘れられているコメディアンを発掘するということも、クラコメのプログラミングの大切なポイントで。神戸映画資料館には、映画愛好家の玉岡忠大さんが収集した映画フィルムコレクションの“玉岡コレクション”があって、あそこにすごいコメディがたくさんあるんです。そこには本当に意外な作品があるんですよ。
そしてクラコメの作品選びの中で、神戸映画資料館に眠っている映画を再発見するんですよ。私が特に見つけて嬉しかったのは、クラコメ2021で上映したマリオン・デイヴィスが主演している『活動役者』(1928)ですね。マリオン・デイヴィスは、『市民ケーン』(1941)で主人公のケーンのモデルとなったウィリアム・ランドルフ・ハーストの愛人で、彼女をモデルにするキャラクターも登場しますけど、結局ね、ハーストの愛人ということでしか覚えられてないじゃないですか。でも実はすごい才能のある喜劇役者だった。

――『活動役者』面白かったです。


『活動役者』に主演するマリオン・デイヴィス(右端)

でしょ? でしょ、でしょ。ですよね。そうなんですよ。
うん。だから、バスター・キートンや「ショートコメディのマエストロ」(さまざまな秀作短編コメディのセット上映でクラコメの人気プログラム)でやるようなローレル&ハーディのようなメジャーどころも上映するけれど、名前はどこかで聞いたことあるけど、それは観たことなかったな、みたいな作品も入れたい。その塩梅、バランスは大切にしています。

――ショートコメディのマエストロは2016年の『新春コメディ宝箱』の頃から欠かさずにやるプログラムですよね。

はい。これだけはずっとやっています。

――短編コメディは上映機会が少なくて、埋もれてしまうからですか?

それはありますね。短編コメディはクラコメみたいなイベントでしか上映できないものですから。あとはそうですね。これはサイレントは特にだと思うんですけど、コメディは短編が面白いんです。同じ三大喜劇王(チャップリン・キートン・ロイド)の作品でも長編とは違った顔が見れるし、これはベン・モデルさん(ニューヨーク近代美術館MoMAなどでサイレント映画の伴奏をしている)の受け売りなんですけれど、サイレントコメディだから成立する宇宙がある。物理法則や現実の世界の論理を超えた夢のような質感の世界。それがぎゅっと詰まって現れるのは短編なんです。長編映画になると物語という背骨が必要になってくるんですが、短編はもっと詩的なんです。
そして、やっぱりクラコメの根っこは「ニコニコ大会」だから。短編喜劇がないとダメなんです。


■ドタバタナンセンスは国境を、時代をも超える

――クラコメではアメリカ・ハリウッド、日本だけではなく、様々な国のコメディアンを取り上げていますよね。


『ファイ&ビー 海辺の旅』

私にはいろんな国のコメディを観てみたいという欲求があって、いろんな国の人たちが100年も前の人たちがですよ。ナンセンスなドタバタや今にも通じるようなおバカ映画を真剣に作っていた。そのことに感動してしまうんです。映画の草創期から、世界中で、ホームコメディや人情喜劇も含めて。多様で多彩なコメディが作られていて、そのことを皆に伝えたい。知ってもらいたいんです。だからクラコメ2022では、デンマーク映画協会とコンタクト取って『ファイ&ビー 海辺の旅』(1927)を上映して、北欧のファイ&ビーという喜劇コンビを紹介しました。その前にもクラコメ2020で現存する最古の中国映画である『八百屋の恋』(1922)を上映したり。


『八百屋の恋』

そういう世界各地のコメディを、毎年ちょっとずつでも取り入れていきたいというのがあって、それにはやっぱり海外のアーカイブと繋がっていくというのが必要なんです。今年のクラコメ2023ではEYE映画博物館が修復した『恋に国境なし』(1922)を上映しましたが、それもそういった繋がりですし。

――『恋に国境なし』にはコンスタンス・タルマッジが出演していますね。『父の帽子』(1913)にはノーマ・タルマッジが、バスター・キートンの一番最初の結婚相手のナタリー・タルマッジと合わせてタルマッジ三姉妹と呼ばれているなんて情報を知りながら観ると、より一層楽しめます。マリオン・デイヴィスもそうですが、当時の文脈や歴史を知っていると、新しいコメディを観る取っ掛かりにもなりますね。

その視点はとても重要だと思いますね。クラコメは曲がりなりにも7年、続いてきたんで、毎年来てくれるお客さんには馴染みのコメディアンとかできるだろうし、映画史の流れの中で観てもらえるようになりますよね。


■三バカ大将


三バカ大将

――ところで、今回のクラコメ2023では、トーキーの三バカ大将も上映されていましたね。しかもフィルム上映で。

そうです。そうです。全部16ミリフィルムで上映できて嬉しかった。
……あの、三バカ大将なんですけど、楽しめましたか? というのも最近の日本では誰も傷つけない笑いというものを求められたりしますが、三バカ大将って殴りあったりお互いの悪口雑言を言うドタバタコメディで、わりとその対極にあるじゃないですか。それに三バカ大将ほどの激しいドタバタは近年あまり観る機会がないから。

――三バカ大将はテンポがいいじゃないですか。

でしょう。

――小気味良いテンポで気持ち良く殴り合ってる。

そうね。確かにね。あのテンポじゃないと痛々しい。

――そして殴られてそのまま尻餅ついて、ボヨーン、と、間の抜けた可愛い効果音で、跳ね返ってくる。三バカ大将はサイレント映画じゃないんですけど「サイレント映画の宇宙」を色濃く受け継いでいると思います。

そうそうそう、そうなのよ。三バカ大将大好きな映画監督のファレリー兄弟がね。2012年に『新・三バカ大将 ザ・ムービー』というコメディ映画を作ってるんですよ。役者さん三人で、すごい似てるんですけど。三バカに。クラコメ2023でも上映した『三バカホイ・ポロイ』(1935)の、パーティのダンスのドタバタを完コピしてるんですよ。で、それは、本当に何日もかけて合宿して訓練しないと再現できなかったそうなんですよ。

――すごい技術だ。

そう。まさに技術。本当にすごい技術なんです。でもなかなかね。観ている人はそこまで考えてくれない。本当にただ殴っているだけと思っている人すら出てきてしまうんです。でも、そこには、芸人としての技術の粋が詰まっているんです。

――まさしく三バカ大将はトーキーの時代の映画だけれど、サイレント映画の、芸人としてのイズムというのかな。トーキーに馴染むために、芸人たちは音のあるリアルな世界の住人に、役者になっていったけれど、三バカ大将はそんな中でも芸人としてあり続けようとしたんだ、工夫し続けたんだ、って感動すら覚えましたもん。

素晴らしいお言葉。本当にね。ドタバタコメディも、楽しみ方次第なんですよ。クラコメでは、ドタバタコメディに慣れてもらおうという目的もありますね。ドタバタコメディの楽しみ方は、私、普段そういうのばっかり観てますから、よく知ってますし、そこはドタバタコメディを楽しむ仲間としてお助けできますよ、というのは、ありますね。
そうそう、三バカ大将の上映を知った、たぶん20代くらいのね、三バカ大将のファンの若い方が、わざわざ愛知県から観に来てくださったんです。やっぱり三バカ大将は面白いし、今の若い観客にも届く力を持っているんだ、と、すごく嬉しかった。


■字幕翻訳の大変さ

――三バカ大将の字幕翻訳についても教えてください。いいをさんは翻訳作業も担当されていますが、『三バカ動物病院』(1939)で猫を「ぬこ」、犬を「イッヌ」と訳すなど、現代的な、ネットスラングを取り入れた翻訳をされていましたが、やはり塩屋楽団がクラコメに、現代的な空気をもたらしてくれることを期待したように、現代性を取り入れることを意識されてのことなのでしょうか?

そうですね。正直、苦し紛れです。

――あ、そうなんだ。

本当にそんな深い意図があったわけでは全然なくて、でも現代性を取り入れるか、もしかしたら、それはあるかもしれないですね。もし、これがDVDにして後々まで見る人がいるとかなら、その時の流行言葉を入れてしまうと、何年か経つと古臭い感じになってしまうと思うんです。でもクラコメは一過性のライブ興行だから、流行とか、その瞬間瞬間の、お客さんが観て面白いと思うものをどんどん入れちゃっても構わないんじゃないのかな。
そのとき笑えれば。笑えるのを一番の優先事項として訳しています。だから字幕で笑ってもらえるとすっごい嬉しいんですよ。なぜなら私個人の、自分の成果だからね。

――やってやったぞ! ってなるんですね。

そうそうそう。字幕で笑ってもらったら、ふふっ、よし! って内心、思ってるんですよ、いつも。ほんとうにねー。個人的に字幕作業がクラコメで一番大変なんですよ。特に、トーキーの字幕。トーキーはね、ほんっとうに、しんどいですよ。マジで。でも去年くらいから、神戸芸術工科大学で教鞭を執っていらした(今は退官されている)橋本英治先生が、字幕の作業がスムーズになる新システムを作り出してくれて、そしてさらにプラネットプラスワン代表の富岡邦彦さんも字幕作業の方を協力いただいて、今回はだいぶ楽でした。だからトーキーを来年からもやれるな、となっています。


■同じことを繰り返さない「クラコメ」の意義

――クラコメは同じ映画を何度もやらないですよね。

そうですね。クラコメは一年に一回なんで。
クラコメでは、キートンやロイド、チャップリンなどのメジャー作品、上映の機会が多い作品ではないもの。ここでしか観られないものを、と考えていますね。そしてネタが尽きない限り、どんどん新しいコメディアン、作品を紹介していきたいですね。

と、言いながらも、実は今年、ローレル&ハーディの『リバティ』(1929)やったんですよ。鳥飼りょうさんの伴奏で。そのときに、すごい発見があって。『リバティ』って結構上映される映画なんですよ。でも今回あえてそれをスリルコメディ三本立てで上映したんですね。すると全然違う面白さが際立ってきたんです。伴奏の鳥飼さんも同じように感じてくださったみたいで、今後はただただ新しいものだけをやっていくだけじゃなくても良いのかな、とは思ってたりもします。

――では、最後に何か言い残したことはありますか?

そうですね。あの、これは何百回も言っておきたいことなのだけれども、クラコメは神戸映画資料館、旧グッゲンハイム邸という場所、存在がなければ絶対にできませんでした。もちろんプログラミングだって、私が独断で全てやっているわけじゃない。皆であーだこーだ言いながら決めていますから。本当にあの二つの場所、関係者と、楽しみに参加してくれる観客の皆さまがいないと絶対にできていません。これは本当にありがたいことです。皆様ありがとうございます、と何百回言っても言い足りません。

取材・文:浅山幹也
詳細情報
■プロフィール
いいをじゅんこ(クラシック喜劇研究家)
欧米古典喜劇映画の研究と普及活動を中心に喜劇映画上映の企画・立案、執筆活動などを行う。毎年1月開催の神戸クラシックコメディ映画祭で実行委員長兼プログラミング・ディレクターを務める(共催は神戸映画資料館・旧グッゲンハイム邸)。知られざる喜劇人チャーリー・バワーズを同映画祭にて特集し『NOBODY KNOWSチャーリー・バワーズ』全国公開にもスタッフとして関わった。人呼んで「古典喜劇の伝道師」。

■神戸クラシックコメディ映画祭会場
神戸映画資料館
(神戸市長田区腕塚町5丁目5番1 アスタくにづか1番館北棟2F 201、078-754-8039)
https://kobe-eiga.net/

旧グッゲンハイム邸(塩屋)
(神戸市垂水区塩屋町3丁目5−17、078-220-3924)
http://www.nedogu.com/