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作品を正しく届けるために、各地の映画館を訪れて音響調整をほどこす―音響監督・岩浪美和さんインタビュー

音響監督の岩浪美和さんは、アニメーション作品や外国映画の吹替を数多く担当し、さまざまな映画の音響(セリフ、効果音、BGM含む)を手がけている。
その一方で、さまざまな映画館を訪問し、特に自身が参加した作品上映に合わせての特別音響調整を実施。迫力ある音や繊細に調整された音響など、「映画館ならではの体験」を提供する活動を行っている。

なぜ岩浪さんは、多忙な本業の合間を縫って、映画館を訪れ、音響調整を行うのか。その思いを伺った。

岩浪さん3
2022年1月、塚口サンサン劇場で行われたトークショーにて

―もともと、「直接映画館に行って音響調整をする」という活動のきっかけになったのは、どういう思いだったのでしょうか。

僕はハリウッド映画の吹き替えもすることも多かったんですが、そうするとアメリカの本場の「音のデータ」を直接聴くことができたんですね。セリフ以外のデータ、音楽と効果音ですね。
日本と違って音の幅、ダイナミックレンジも広いし、違いが歴然でした。

一方日本では、たとえば僕が手がけているアニメーション映画は、もともと「子どもが観るもの」というイメージから始まったのもあって、映画館での音がとても小さかったんです。これじゃダメだと。作り手も映画らしい迫力のある音作りをしっかり意識するべきだし、一方で作り手がどれだけ音を盛り込んでも、上映する映画館側が音量を絞っていると作品がちゃんと届かない。これはどうにかしないといけないなと思いました。

『劇場版ガールズ&パンツァー』では映画と映画館が本来持っているポテンシャルを意識して映画的な音響を構築して作ってみたんです。
そして『劇場版ガールズ&パンツァー』は、映画館で音響調整をやるようになった最初の作品でもあります。ちゃんと音を作っても、届ける劇場がないと意味がない。じゃあちゃんと現場で調整しようと思って、シネマシティさんに「調整させてほしい」と言ったのが始まりでしたね。

―今までの映画館は、ただ映画を流す場所、という感じに受け取られがちでしたが、岩浪さんの活動のおかげもあり、その意識が少しは変わってきたように思います。

日本には様々な形態の映画館があり、それぞれの設備やスクリーンの大きさ、シアターの広さ、防音性、遮音性など、条件は全部違います。だからどこでも大音量で上映すればいい、というわけではないのです。
首都圏のいくつかの映画館は、予算を組んですごく良質の音響設備を整えているところもあります。シネコンにも高い予算をつぎ込んだ設備のシアターが増えてきました。
でもだからといって映画館が最適な音響を意識しないと、作品の魅力がちゃんと伝わらないままになってしまう。だからそうした映画館からよく呼んでいただくようになりましたし、自分からすすんで「行って調整したい」と思って訪れているところもあります。

―先日、音響調整に立ち会わせていただきましたが、「岩浪音響は大音量」とよく言われがちなのに比べて、大きい音を出すだけでなく、色んなセリフの音や効果音なども綿密に見ながら、何度も何度も繰り返して最適な音を作っていく様子が印象的でした。

もちろん大音量を出しても大丈夫で、お客さんも喜んでくれる、という作品はそういう調整をすることがあります。特に塚口サンサン劇場などの場合、お客さんも初見ではなくて何回目かの鑑賞の方が多いですから。アニメーション映画はリピーターの方に支えられている側面もありますからね。
なるべくその映画館の雰囲気に合った調整を心がけています。たとえば年季のある映画館ではその劇場の歴史を踏まえて良さや味を生かすような調整をしたり。小さいスクリーンでしか出せない音を出してみたり。
特にセリフの聞き取りやすさは最重要事項として気を付けていますね。

―だからこそ、毎回映画館をひとつひとつ訪れる必要があるというわけですね。一律で「こうやって調整してね」っていうマニュアルを送ればいい、というわけではないという。

そうなんです。各劇場によって広さも、出せる音量の幅も、機材の新しさも違う。
作品によっても調整が変わってくるので、だからこそ毎回訪れる必要があるんです。現場でちゃんと自分の耳で聞かないと、机上の空論になってしまう。
でもそうやって現場に行く必要がある一方で、映画館から呼んでいただくのはありがたいけど、それだけではダメだとも思っているんです。

―岩浪さんが劇場を直接訪れていくという今の状態は、ベストでははない、と。

僕が呼ばれるときには、もちろん交通費とか宿泊費とかが必要になってきます。
そして調整をしたところで、その経費をペイできるかどうかはわかりません。
それに、もちろんすべての映画館に行けるわけでもないですし、調整できる作品や劇場の数には限りがあります。
だから、究極の目標としては、僕を呼ぶだけでなく、それぞれの映画館の映写技師さんが、作品ごとの適切な調整をちゃんとできるように気を配ってもらえるようになればと思っています。

―映写技師と言えば、もともとはフィルムの映写機を上映する仕事でした。でもデジタル化によって、仕事内容が変わってきましたね。

DCP(デジタル・シネマ・パッケージ)の上映は、いまではアルバイトがボタンを押すだけでできます。お手軽になったことで良いところもありますが、一方で「ちゃんと映画を上映する」という映写技師の心意気がなくなってきている気がするんです。

―デジタル化によって多くの映写技師の方が、職を失ったとも聞きます。

そうです、映画館から「しっかり映画を上映する」という仕事の人がいなくなってしまった。今までの映写技師の職人の技術が不要になって、まだ勤めている技師の中にも、「これ以上、映画館で勤めていてもしょうがない」と辞めようとしている方がたくさんいます。

その理由の一つは、映画館側が技師を尊敬していないからです。
言い換えれば、「映画を正しく観客に伝える技術」というものを重要視していないんです。

岩浪さん1

―だからこそ岩浪さんは、「映画館側も調整してちゃんと映画を届ける努力をしなきゃいけないんだよ」ということを伝えるため、今の活動をしているわけですね。

いわば映画館を飲食店とすると、シェフの技術ですね。現場に届くのはあくまで素材なので、それをちゃんと美味しい料理に仕上げてくれる料理人が店には必要です。
飲食店だとちゃんと料理出来て、美味いご飯が出てきて当然なのに、それが映画館の場合は少しないがしろにされている気がします。

―岩浪さんの活動の成果もあって、少しずつはお客さんにも「映画はいい音の映画館で観たい」という声が上がるようになってきたように思います。

それでいいと思うんです。「いままでテレビで観ていたけど、映画館で映画を観る良さを知りました」「映画館で観てよかったと思いました」そんな声も届くようになったし、それはとてもうれしいです。
そういったお客さんの声が大きくなれば、映画館側も「うちもしっかり意識しないと」という感じになるでしょう。
映画館は映画館でしか体験できないエンターテインメントを意識しなければいけないんです。

そのうちの重要な要素の一つが「音」です。
映画館でしか体験できない「音」。
それは自宅で配信で視聴する映画と大きく違う要素です。
最適な環境で適切な迫力ある映画館ならではの音響で上映することがとても重要なんです
そのためには映画館は映写技師さんを尊重し、後任を育てるようにしてほしい。
そうしないと確実に将来、映画館はなくなると思いますし、配信の波にも押されるでしょう。

―理想は、いろんな映画館が映写技師を尊重するようになり、岩浪さんが足を運ばなくてもよくなるような、そんな環境が生まれることですね。

そうですね。最適な環境で映画をお届けするには熟練した映写技師さんの技術、知識。経験は欠かせません。映画館を経営する皆様には映写技師さんの重要性を改めて認識していただきたいと切に願います。
造り手としてお客様にベストな形で作品(料理)を提供するためには、各劇場の映写技師(シェフ)力が絶対に必要なんです!
僕はこれから映写技師さんの重要性を知らしめる活動に注力したいと思ってます。
僕は映画館が大好きだし、映画館でみる映画の楽しさを伝えたい。
それが僕の最後のライフワークです。

―貴重なお話、ありがとうございました。