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マンガ家かっぴーさんの創作の源は映画だった—「左ききのエレン」少年ジャンプ+連載記念インタビュー

ウェブメディア「cake」で連載していたマンガ「左ききのエレン」が完結した、マンガ家のかっぴーさん。

武蔵野美術大学を卒業後、大手広告代理店のアートディレクター、WEB制作会社のプランナーとして働いたのち、2016年にマンガ家として独立。
様々なマンガを手掛ける中、cakesでの「左ききのエレン」連載が大きな反響を呼びました。

「左ききのエレン」は、美大を卒業してデザイナーになった朝倉光一と、同級生で世界的なアーティストになった山岸エレン、そして彼らを取り巻く広告代理店・アート・デザインの世界の人たちを描いた作品です。

cakesでの連載は9/21(木)に完結したものの、同日に、集英社のウェブマンガプラットフォーム「少年ジャンプ+」での連載が発表。
作画をnifuniさんが担当し、かっぴーさんは原作者という形で、10/7(土)より毎週の連載がスタートしています。

活躍を続けるかっぴーさんですが、実はその創作に映画が大きな影響を与えた、というほどの映画好き。
以前キネプレが企画した、映画『ラ・ラ・ランド』の魅力を語るトークイベントでは、大阪にお越しいただき、その影響と同作への愛を語ってくれました。

今回はそんなかっぴーさんに、「創作に与えた映画の影響」について、お話を伺いました。
ぜひcakesの「左ききのエレン」、そしてジャンプ+の「左ききのエレン」を楽しみながら、お読みください。

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マンガ家のかっぴーさん

 

■映画に学んだ、時系列を入れ替える作劇

—まずうかがいたいのですが、好きな映画のジャンルはありますか?

ありますね。
どんでん返し系というか、伏線をしっかり回収する物語が好きですね。
脚本と構成がしっかりしているというか。

—群像劇と、少人数の物語だとどちらが好きですか?

「左ききのエレン」で描いているのは群像劇なんですけど、群像劇の映画は、実はあえて観ないようにしている気がします。
どっちかというと、1人の主人公をしっかり描いている物をよく観ていますね。
登場人物が絞られていて、その内面をしっかり掘り下げているような。
大好きな映画『ラ・ラ・ランド』もあのセブとミアの2人以外は、ほとんど描かれていないですし。『セッション』もそうですね。

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『セッション』
(C)2013 WHIPLASH, LLC. All Rights Reserved.

—その2作のデイミアン・チャゼル監督は、今度はネットフリックスで、複数の人たちの物語を作るという発表が先日ありました。

楽しみです!彼なら間違いなく作れるでしょうね。
一人を徹底的に描いたことがないと、複数の人物の物語、群像劇とかって描けないと思いますので。
「左ききのエレン」の感想でも、一人一人キャラクターそれぞれについて好きと言ってもらえているので、それはすごくありがたいです。

—もともと群像劇を描こうと思ってたんでしょうか。

いや、一人ひとり増えていきました(笑)。
もともとは光一とエレンの話として予定していたんですけど、主人公たちを掘り下げると、必然的にその周囲の人もしっかり描かないといけなくなった感じです。

—「左ききのエレン」では、時間軸が前後する物語になっていますが、それについてのこだわりはあるんでしょうか。

それはすごく意識的にやっていますね。
たとえば誰かに知り合いの話をする時、あえて時系列に沿って話したりしないじゃないですか。
「彼は幼少の頃から……」とかいきなり言わないですよね(笑)。
時系列に沿う事は丁寧に見えて、口頭の会話ではむしろ分かりにくい。
だから「左ききのエレン」では、伝えたいエピソードから順に説明したいので、時間を行ったり来たりしています。

中でも、『めぐりあう時間たち』というすごく好きな映画には、大きな影響を受けました。
3人の女性の人生を、時系列を行ったり来たりしながら描いているんですが、あの編集でないと分からない物語、っていうのが確かにあるんですね。
つまりそれが製作者の意思じゃないですか。
あの映画から、「関係のない時間軸を並べたときに意味が生まれる」というのを学びましたね。

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『めぐりあう時間たち』

ただ、このやり方って、キャラクターの人生が全部はっきり見えてないとできない方法なんですよ。
だから「左ききのエレン」でも、全てのキャラに年表があるんです。
でも描くのは、そのうちのごく一部。大事なところだけ押さえるようにしています。
例えば、あるキャラが時間が経つと出世していたとしても、その出世のエピソードって描かなくてもいいんですね。
描くことが親切とはかぎらないし、逆に「数年経ったから、そりゃ出世してるよな、だって彼だもん。」と読者に思わせないといけない。

 

■映画という表現にあこがれて

—かっぴーさんは、広告代理店でCMの絵コンテを描いていたと伺ったんですが、そこから学んだ創作術はありますか? 例えばある一つのシチュエーションでの描き方とか。

たしかにCMの絵コンテは、ワンシチュエーションがほとんどなんですが、その強さっていうのは学んだ気がします。

—ともすれば「左ききのエレン」は、演劇的なところ、「ワンセット・ワンシチュエーション」で魅せていく、という部分があるかなと思ってます。

映画でも、長回しのシーンがすごく好きなんですよ。それは意識しています。
その時ぼくは、カメラ位置を変えないんです。
ほんとは、例えばあるキャラとあるキャラが対立しているときは、角度をつけたり、違う画角を作ったりして緊張をあおっていくんでしょうけど、それをあえてやらないようにしています。
その方が、セリフに集中できるのかなという理由です。

—その分、ここぞというときはピンポイントで寄っていっている気がします。

映像の技法が好きなんですよ。
絵を描いていてもカメラの存在をすごく意識していて、映像的な演出を常に心がけています。

—やはり映画というのは大切な存在なんですね。

確かに小さい頃はマンガ家になりたかった時期もあるんですけど、実は一番は映画を撮りたかったんですよ。
というか、今も撮りたい(笑)。
映画が好きで、本当に作りたかった。
ただ、監督というよりは脚本を書きたかったんですが。

—以前かっぴーさんは、「マンガは表現の手法として純度の高い、原液だ」と言うお話をされていましたが。

そうなんです、だからいきなりチームワークである映画を作るのよりは、まずマンガを、と考えたんですね。
でももともと広告代理店に入ったのだって、いつかは映像を作りたいと思ったからで。
映像技術を学びながら、自分の作りたい作品をいつかは映像で、という。そんな地道なやり方を考えた結果です。
その辺りは「左ききのエレン」で言うと、さゆりタイプなんですよ。

—映画は確かに、作家性を売りになかなかしづらい表現方法だなと思います。かっぴーさんは園子温の『愛のむきだし』がすごく好きだと伺ったんですが。

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(C)「愛のむきだし」フィルムパートナーズ

いやあ、あの作品にはとても影響を受けてますね。
園子温という存在に全体重を預けないと楽しめない作品かとは思いますので、好き嫌いは分かれる映画でしょうけど(笑)。
あまりに影響受けて、「左ききのエレン」でも真似させてもらったのが、「奇跡まであと何日」って文字が定期的に出てくる演出です。
あれって、ホントはよくわかんないじゃないですが、誰のセリフだよって(笑)。
要するに、 作者の思いが入ってるんですけど。
そんな形で、園子温の胸元に飛び込まないといけない。
「すげーな」と思い、使わせてもらいました。

でも一方で、緻密に伏線を回収する映画も好きだから、「左ききのエレン」ではエレンと光一が再会するだけでなくて、そこにいろんな意味をこめて、一気に回収させたんですね。

 

■「左ききのエレン」で光る「存在の肯定」

—そんな「左ききのエレン」では、たまに読者を突き放す、というか、「どう受け取ってもらってもいいよ」という雰囲気も垣間見えた気がします。

突き放すわけではないんですが、読んだ人が自分で答えを見つけないといけないと思っています。
たとえば柳という強烈なサドキャラがいるんですが、彼が正解だとは描けないし、対極のような人間愛の深いキャラの沢村さんが正しいとも決めたくない。
映画を含めて、大体の物語ではその答えを出そうとするとは思うんですけど。
どのキャラの姿勢が正しいのか、というのを決めようとするんです。
でも「左ききのエレン」ではある意味「姿勢」は関係ないんです。
エレンも光一の姿勢を肯定しているわけではなく、あくまで光一自身を肯定しているので。
柳もそうですね、読者には柳の姿勢でなく、柳を肯定して欲しいなと思ってます。

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—誰が正しいか、というのもあえて出してないですね。

そんな中、全体を包み込むエレンという存在が、ある意味神の視点なんです。誰かを否定しているわけではないんです。

—以前かっぴーさんは、「共感とリアリティのズレ」というか、「よく言われるような『共感性』を求めると、ありがちな人しか出せず、レアキャラを描けない」というお話をしていましたが。

そうですね。
物語では「共感」という単語がよく使われるんですが、じつはレア度が低い人、その辺にいる人たちのことを描くことを「共感」と呼んでいる気がします。

—でも「左ききのエレン」では、あんまりレア度が低キャラは少ないですよね。光一ぐらい。

やっぱり、「そのキャラクターが存在する」と思って描いてるからかなあと思いますね。
その人らしさが出るのって、誰かとやり取りしているときなんですよ。
ある意味、光一は最も使いやすいキャラクターで。
「光一の視点で、このキャラはこう見える」というのが分かりやすいから。光一を媒介にすることができる。
それ以外のキャラクターは、結構レアですね。
でも、本来は「よくいる人間」ってのがそもそも存在しないはずなんですよね。
人間みんなそれぞれ違うところはちゃんとあるんで。
「よくある感情」が存在しているだけで、みんなそれぞれレアな人のはずなんですよ。

—「左ききのエレン」のキャラは、よく感情的になりますよね(笑)。

ほんとみんな感情的になりやすいですね(笑)。
そういう意味でも「演劇っぽい」ってのは言えますね。
演者のセリフに頼っているところも少しあります。
セリフに悩む、というより、ずーっとセリフを考えていますね。

—以前プロットの作り方を見せていただいたんですが、まずテキストから作り始めるんですね。

そうです、まずセリフから書いています。
でもそれは、キャラクターにいつもしっかりしたことを言わせないと、と思ってやっているわけではないんです。
とにかくそのキャラクターについて考えているだけですね。
ほんと、ずっと考えてます。
連載が終わってからも考えてます。
いや、ほんといまだに、光一のことを考えているんですよ(笑)。
それはある意味、呪いですね。

—キャラクターにはそれぞれモデルになった人がいる、というお話もうかがったんですが、逆にモデルがいないキャラもいるんですか?

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うーん……(悩む)ニューヨーク編のジェイコブスとマチルダかなあ。

—じゃあニューヨーク編って、ある意味チャレンジだったんですね。

そうなんです。
ニューヨーク編で初めて「マンガ」を描こうと思ったんです。

—初めて「マンガ」を?

ライバルがいて、それと対決する、というのがニューヨーク編のメインの流れ。
それってマンガには必要な展開だけど、現実にはなかなか起きない。
だから、それまではそんな分かりやすい展開は避けてたんです。
まあ、でもニューヨーク編の展開は、「あれは、さゆりというプロデューサー気質のキャラが演出していることなんで」という流れにはしましたけど。それでも、チャレンジでした。

 

■デイミアン・チャゼル、クリストファー・ノーラン監督に思うこと

—映画自体、すごく分析されて観られているように思うんですが

高校生ぐらいまでは本気で、映画監督になりたかったんです。
なので、映画を観るたびにノートをびっしり書いてました。
あの流れはこういう意図で、こういう演出意図でこういう構図を作って、とか。映画はずっとそういう目で観てましたね。

映画とかマンガとか、作り手が何も考えずに作っている部分って、一秒も、一コマもないじゃないですか。すべてがコントロールされて作られている。
でもだいたいそのうちの5パーセントぐらいしか、読み取れていないんですよ。
だから最大限理解したいなって思って。

なので、好きな映画はけっこう何回も観てます。
一番観直したのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』かな。
たぶんその次が『ラ・ラ・ランド』と『インセプション』。
クリストファー・ノーラン監督も好きなんですよね。

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『インセプション』(C)2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

『インセプション』は、「夢」という万人に共通するテーマの作品でもあるし、知識で補完する必要がない、完璧な映画だと思います。
いまだによく観直します。
ノーラン監督だと『ダークナイト』もすごく良かったですね。
ああいう世界観の借り方は凄いなと。
しかも『バットマン ビギンズ』に続く2作目、という状態なのに、あそこまで単体で輝いている映画も珍しい。

—純度が高いんですかね。ノーラン監督も、『ラ・ラ・ランド』のチャゼル監督も。あと、チャゼルはかっぴーさんと同い年なんですよね。

そうなんですよ、なんだよもう、って(笑)。

—『セッション』の時に衝撃を受けたんですか?

あの時は同い年って知らなかったんですよ。
あと、あの作品はまだ若くてもあり得る、というか、年齢は関係ないところがあって。
若い監督というのも納得はするんですよ。

でも『ラ・ラ・ランド』を同い年が作った、ってのがもうダメですね(笑)。
『ラ・ラ・ランド』に感動したことはいっぱいあるんですけど、そのひとつが、
「30歳代のチャゼル監督のもとに、最高のスタッフが集って最高のパフォーマンスをした」
という事実。
もう泣けてしまう。
いや、ほんとに『ラ・ラ・ランド』のメイキングだけで一本映画作れますよ(笑)。

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『ラ・ラ・ランド』
© 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA
LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

ぼくはメイキングがすごく好きなんですよ、
映像の作り方の勉強になるというのももちろんなんだけど、スタッフの苦労というか、そういうところが描かれているのが大好きなんですよね。
だから「左ききのエレン」でも、クリエイターのキャラクター達が生み出す成果物はほとんど出てこないんですよ。
エレンも光一たちの作品も、ほとんど見せていない。
それは、成果物を見せる物語ではなく、その裏側を描きたかったからなんです。

 

■「左ききのエレン」で描いたこと、避けたこと

—そういった業界の裏側を描いている「左ききのエレン」ですが、ある意味よくあるような「お仕事もの」のカテゴリーに入れられそうではあるんですけど、なんだか毛色が違うなとも思ってます。
もちろん、業界の裏側を描いてはいるんですけど、もう少し、感情の表現と人生の転機に重きが置かれているというか。

そうですねえ。
結構意識して、「あるある」から逃げようとしていた気はします。
ぼくは最初は「あるある」ネタから入ってきたんで。
「SNSポリスのSNS入門」とか「おしゃ家ソムリエおしゃ子」とか(笑)。

だから「左ききのエレン」ではなるべく避けていましたね。
「業界あるある」はマンガ家の矢島光さんが「彼女のいる彼氏」でしっかり描いていただけているから、「左ききのエレン」ではいいかなって。

ただもちろん「左ききのエレン」も、ある種のお仕事物ではあるとは思います。
最近、仕事とか働く環境を語る時に、いろんな言説が出てきていますよね。
元気が無い話題が多い。
でも、「そもそも働くことって楽しい」というか、「さすがに仕事でも楽しいことってあるじゃん」って思うんですよ。
働く喜びを描きたかった。
でも「こういうのが楽しい働き方だ」と読者に押し付けることはしたく無いんです。

それぞれのキャラには、それぞれの仕事の楽しさがあるから、それを描こうと思ったんです。
「働くことには楽しさがある」ということ自体を描きたくて。
だから一種のお仕事ものなんですけど、それがどういう楽しさなのかは言い切らずに、色々なタイプの楽しみ方を登場させました。
また、会社を辞めろとか!とか、サラリーマンやれよ!とか、そういう議論でもないんですね、辞めても辞めなくても、今の全力を尽くせよ、ということなんですよね。

—「左ききのエレン」と並行して、服飾業界を描いた「アントレース」、女子高生と人工知能を描いた小説「アイとアイザワ」なども手掛けていますが、その原動力はあるんでしょうか。

ほんと、すべての作品が、ただ「描きたい」という思いでやっているんです。
「アイとアイザワ」も描きたかったテーマなんですよ。
中身は人工知能の話なんですけど、人工知能について語りたいわけではなく、コミュニケーションの話なんです。
コミュニケーションを語るために、あえて極端な人工知能が媒体となる感じで。
それは「左ききのエレン」も同じで、広告やアートの話をしたいわけではないんです。

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noteで連載中の小説「アイとアイザワ」

—「アントレース」も一緒ですよね。

「アントレース」で描きたいのは、才能同士の関わり合い、ですね。
人と人との関わりをしっかり描いていきたいなと思っています。欠点を埋め合い、それが新しい可能性になる物語です。

—今回、ジャンプ+での連載がスタートしますが、cakes版での連載から変更などはあるんですか?

基本的な流れは変えないんですけども、より厚みを出します。
単なるリメイク、っていうわけではないんです。言い方としては「二周目」という感じです。
スピードも乗ってきたし、物語も作画も、より厚くなった二周目です。ぜひ楽しみにしていてください。

かっぴーさん、ありがとうございました。
かっぴーさんが原作を手掛けるマンガ「左ききのエレン」は、少年ジャンプ+で10/7(土)より連載中です。

詳細情報
【関連サイト】
「左ききのエレン」(cakes原作版)
「左ききのエレン」(ジャンプ+版)
小説「アイとアイザワ」

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