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2022年09月29日(木)掲載
ミニシアターは「わからないもの」を体験しに行く場所―井浦新さんインタビュー
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ミニシアターで多くの映画を観たという井浦新さん。井浦さんが考えるミニシアターという存在や、ミニシアター作品の魅力とは。

※8/25にテアトル梅田で行われた『こちらあみ子』の舞台挨拶の時に、お話を伺いました。

井浦新1
2022年8月、テアトル梅田にて

―映画の『ピンポン』がちょうど20年前の2002年公開作品。テアトル梅田での歴代興行収入の第5位という記録的な作品でした。

あの時も熱気がすごかったですね。どんどんロングランしていって。

―今回は、9月のテアトル梅田の閉館のお知らせもあって、こうして駆けつけていただいたのでしょうか。

もちろんそうです。
先日、別の地域の映画館で舞台挨拶をしていて、翌日にテアトル梅田に来ようと思ってたんですけど、予定が調整できなくて。コロナ禍で来れない日々が続いてたので、今年こそは、と思っていたところだったんです。

そんな時、9月に閉館というニュースを聞いて、どうにかして行けないかと思っていたら、僕が出演している映画『こちらあみ子』の上映があって。しかも人気によって上映が伸びていると。その最終日の今日、ちょうど予定が空いたんで、何とか挨拶するチャンスだと思ったんです。これを逃すと、もう次の舞台挨拶は間に合わない。それは後悔すると思って、今日伺いました。

井浦新2
映画『こちらあみ子』の舞台挨拶をする井浦新さん

似たような作品は何一つとしてない

―テアトル梅田はどういう映画館のイメージがありますか?

どういうお客さんに愛されてきたのか、僕は細かくはもちろんわからなくて、僕が話したお客さんの印象ですけど。

今日サイン会をやっていてその時多くの声があったのが、たとえば「親がテアトル梅田に来ていて、夢中で観ていたんです。子供の自分は最初は興味がなかったけど、親に連れていかれる中で自分も観るようになって。1人でも来るようになり、親との思い出の場所でもあるし、いろんな世界に出会っていった場所にもなりました」というような方。そういう人が、何人もいたんです。今日も実際、親子で来られている方が何組もいて。

親と子が、いわゆるシネコン作品ではなくて、世界の路地裏にあるような素朴な物語だったり、旅に行っても見ることができないだろう海外の風景や出来事だったりとかに出会う。テアトル梅田は、そういう作品と出会わせてくれる場所だったんだろうなあと思います。

僕がテアトル梅田で舞台挨拶をさせてもらった作品はいくつかありますけど、似たような作品は何一つとしてないんですよね。毎回毎回受け止め方・感じられ方が異なる作品に出させてもらえて、上映してくださったのはとてもありがたいことでした。

梅田もどんどん新たな高い建物ができて、モダンになってきました。そんな中、若者たちもたくさん通りかかるような街のど真ん中で、まあ外観はけっこうアバンギャルドですけど(笑)、独自の雰囲気を地下一階から醸し出している、素敵な映画館だったなと思います。


「楽しかった」の一言が出てくるまで

―おっしゃる通り、シネコンで味わえない、ふとした気づきが得られたり、人生の指針になるような作品もテアトル梅田のようなミニシアターではよく上映されています。
ご自身もミニシアターで観る作品からはそういうことを感じてこられたんでしょうか。

そうですね。「わからないもの」を体験しに行っていた感じです。観終わった後「すっきりして楽しかった」という感じではなくて、あれはどういうことだったんだろう、とか、すごいものを観させられちゃったな、という感じ。精神年齢が三歳ぐらい上がった気分になったり、わからないから帰りの電車の中で考え続けたり。そういう作品って、ずっと解決しないんですよ。何年経っても「あの映画って結局何だったんだろう」って思うものもありますし。
こっちがしっかり感じ取っていかないと振り落とされてしまう作品との出会いがあるから。

だからこそ観る力、感じる力が付きますし、そういうのををひっくるめてやっと「楽しかった」という一言が出てくる。その一言が出てくるまでだいぶかかるんですよね。

―瞬間的に消えていく楽しさではなくて、人生でちゃんと残る楽しさですね。

そうですね。そういうものがちゃんと残っていきますからね。

井浦新3
満席の観客に挨拶

密度が高い作品を五感をフルに使って味わう

―いまの世の中はコロナ禍を経て、映画館に行く人よりスマホで観る人、配信で観る人がより多くなってきました。そうした作品の鑑賞とは別に、ミニシアターに足を運んで作品を観ることは別の楽しさがある、というイメージでしょうか。

そうですね。ミニシアターはそういうところだなあと思います。シネコン作品より、監督が作りたい純度の高いものが多いですね。監督が作りたいから作品が立ち上がる。「この作品を売りたいから主演俳優と監督を決めていく」ということではなく、「監督が作りたい作品を撮って上映していく」のがミニシアターだと思ってます。

だから一つの作品の熱量や密度、純度というものが濃いなと思ってますし、自分の五感六感をフルに使っていかないといけない。そしてフルに使っていけばいくほど、作品を感じれば感じるほど「ああ、そうだったのか」とか「こういうことなんじゃないかな」って考えるようになるし、そういうのが生まれれば生まれるほど、最後に「楽しかった」ってなるんですよね。

物語を目と耳で追って、いいサウンドを浴びて、きれいな大スクリーンで、というのも僕は否定しないし、それも僕は好きなんです。そして配信は配信ならではの良さもあります。いろんな場所でいつでも観られる、とか。

でもたとえば映画のソフトはVHSのあとDVDになりましたが、VHSの作品が全部DVDにあるかというとそうではないです。DVD化・ブルーレイ化されていないものがたくさんあります。配信も同じで、全部の作品が配信にあるわけではないんです。今の配信にあるものが、世界の映画のすべてではない。だからこそ全く違う楽しみ方、アプローチになるし、映画館と配信を対立的な「VS」にせずに、ともに生かせる関係や流れができるといいんじゃないかなと思ってます。

井浦新4
テアトル梅田のテーブルに残された井浦さんのサイン

―貴重なお話、ありがとうございました。

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