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2018年06月11日(月)
「みなさんの映画の上映予定日に……」第25話『風と共に去りぬ』/「フルタイム・ホビイスト」


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フルホビキャラ紹介03 - コピー

 アキトシは梅田の地下にある、いつものサイゼリアのいつもの席に座り、大きくため息をついた。

「さて、今日はなんで呼び出されたか判る?」

 平日の昼間だと言うのに客足は多い。大半は大学生だが、中にはサラリーマン風の人もいた。

 スタンリーを囲んでいるマダピー、ヒョーロン、アキトシも傍から見れば大学生に見えることだろう。

 スタンリーは悪びれもせず答える。

「ヒロインから、なんか話したいっちゅー連絡があったからじゃろ?」

 マダピーが重いため息をつく。

 アキトシは思わず苦笑した。

「それはそれで正解だけどね」

「あと、編集の打ち合わせじゃろ? いま、どこらへんじゃ?」

 独断と偏見で映像編集をしてもいいのだが、スタンリーは映像に関してかなりこだわるので、打ち合わせを挟む。当然、その通りに進むことは稀なのだが、学生の頃に相談して欲しいとお願いされたため、いまだに守っている。

「幼児期飛ばして撮り終えた小学校のとこやってる。高学年にさしかかったとこで、まだ中学に入ってないよ」

 その一言でマダピーは気にかかる点を思い出したようだ。

「そういえば、赤ちゃん役は見つかったのか?」

「それがなかなか。もうタレント事務所に駆けこもうかってレベルだね……」

「そんな資金はないがな」

「判ってる」

 タレント事務所に登録している子を使えば、安いとは言え必ずギャランティが発生する。当然、元からタダで使おうという気はないのだが、少しでも予算を削りたいのだ。タダでもいいから記念に出してみたい……という親御さんを見つけたい。

「マダピーも親戚筋とか、友達とか、会社の同僚とかに聞いてみてくれない?」

「善処はする。どのくらいまでならいける?」

「期限は一ヶ月以内かな。じゃないと風景の心配が出てくる。最悪、部屋で撮ることになっちゃうかも。年齢も一歳……は行きすぎかな……できれば首が座ってハイハイに行くまでの子が理想的」

 赤ちゃんの問題点は『成長が早い』という点だ。半年もすれば体重は二倍ほどになる。

 つまり運よく狙った年ごろの赤ちゃんがおり、運よくその親御さんが映画に興味があり、運よく事務所には登録しておらず、運よく自分たちがその人を見つけ、運よくタダで引き受けてくれる……というプロセスが必要になる。

 ヒョーロンも大きくため息をつく。

「見つからんかったら、最悪、キャラの設定をちょい考えなあかんわけやな」

 そんなことをアキトシはしたくない。

 生まれた月、生まれた場所によって人物背景は大きく変わると思っているからだ。

 例えば冬に生まれた子は寒さに強い子になるかもしれないし、それに付随して我慢のきく人物になるかもしれない。

 夏なら汗かきかもしれないし、動きが活発な子になるかもしれない。

 当然、因果関係に科学的根拠はない。

 アキトシのただの妄想だ。

 ただ、物語は『嘘』である。

 すべての結果……目に見えること、語ることすべてに理由が欲しいのだ。

 そうでなければ説得力がない。

 観てくれる人が『嘘』にのめりこんでくれないのだ。

 だからこそ、途中で設定をいじるのは怖い上に労力が半端でない。

 当然、映画の完成が第一なのでどうしようもなければ変更するのだが。

 アキトシはヒョーロンの目をじっと見る。

「ともかく、生まれをいじるよりは撮影場所を変える方で対応しよう。外の方がいいけど、家の中で撮った……って方向で」

 ヒョーロンは何度も小刻みに頷いた。

 スタンリーはコップの水をぐっと仰いでから質問を口にする。

「で、この間のカンタ……グラニデ? とかいう店での撮影はいつなんじゃ?」

 マダピーが頭を抱えた。

 アキトシも思わず苦笑いする。

「カンテ・グランデだってば。微妙にかき氷っぽくなってる」

 フランス料理ではシャーベット状の氷菓子のことをグラニテという。

 ちなみにカンテ・グランデは直訳すれば『大きな歌』という意味だ。

 マダピーはこめかみを抑えながらスタンリーに視線を送った。

「この間のロケハンのこと反省してないのか……どれだけ謝ったと……」

「……謝った?」

 アキトシは呆れるのを通り越して面白く感じている。

「まぁ、来週中には予定がつくよ。内装の件も許可とりつけれたし」

「おお、楽しみじゃなー」

 スタンリーの満面の笑みに対して、マダピーはますます渋い顔をしてみせた。

「アキトシ……当日は任せたぞ……」

「え? マダピーは来てくれないのか?」

「その日はその日の風が吹くからな。きっとその日の予定は悪くなる」

「え、ええ……そ、それは……」

 店側とスタンリーの間を取り持つのが、アキトシ一人ということだ。

 スタンリーの空気の読めなさを面白がっている場合ではなくなる。

 なんとかマダピーを説得して一緒に来てもらわねば。

 いろいろ考えている最中にヒョーロンがシーンのチェックリストを見ていた。

「この調子なら予定より早ぅ、できそうやなー」

 嬉しい誤算だ。アキトシもつい笑顔になる。

「なんか撮り慣れてきたって、やっと思えるようになってきたんだよね」

 実際、映画を撮り始めた頃は苦労の連続だった。

 同じ場所を使う場合は一気に撮影してしまう……などのことは習ったが、いざ撮ろうとすると「これがない、あれがない」の連続だった。

 それどころか後で「このシーン撮っておけばよかった」やら「この小物、配置するの忘れてる!」などなど、小さなミスが重なって撮り直したことも多い。

 しかし、苦い経験は信頼に足りるチェックリストを生み出した。おかげでアキトシはしっかりと撮影管理ができるようになった。

 今回の撮影では自分の成長を感じている。

 モチベーションも高く、心に余裕ができていた。

 この調子なら、きっと良い映画が撮れる。

 大鳥との新しい生活も、きっと楽しいものになるに違いない。

 スタンリーの空気の読まなさなど、取るに足りない小さな問題だ。

 しかし、気がかりなのは今日のことだ。

 なぜ『呼び出された』のだろう?

 彼女の撮影も順調に進んでいる。

 なにか用事があればそのときで事足りるし、些細なことならメールなどで連絡をくれればいい。

 ただ、アキトシの心は浮かれているため、あまり暗い話のイメージができなかった。

 胸にちょっとした不快感はあるが、楽しさで覆い隠されているという感じだ。

 ちょうどそのとき、混み合う席の合間を縫って大鳥がやってくる。

 その姿を見つけたアキトシの胸は不覚にも恋に落ちたときのように竦んだ。

 こんなかわいい人が自分の妻になるのかと思うと、ますます嬉しくなる。

 ただ、彼女の笑顔はぎこちなかった。

 胸の違和感が膨らみ、そこに異物があると気づく。

「こんにちは。すいません、今日は集まってもらって……」

 席に来るなり大鳥は深々と頭を下げる。

 俯いた様子は迷子センターに連れられてきた子供のようだ。

 気づいていないのは撮影のイメージを膨らませているスタンリーだけだろう。

「ともかく、座って」

 アキトシは大鳥に席を譲り、自分は空いているテーブルからひとつ椅子を拝借してきた。

 セルフサービスの水を入れてこようかとも考えたが、今はここを離れるべきではない。そう思いじっと大鳥の言葉を待った。

 大鳥の瞳はテーブルを見つめたまま、ときおり左右に振れた。

「なにか、あった?」

 繊細なガラス細工に触れるよう、アキトシは優しく声をかける。

「……それが……」

 いつもの元気、明るさがない。

 身内が亡くなったのだろうか?

 いや、それならわざわざ呼び出すような必要はない。

 新しく身内になるであろう、アキトシにだけ話せばいいことだ。

 ここにいる全員が関係していて、あの大鳥の元気を奪うような出来事……

 想像がつかない。

 胸の異物が大きさを増し、息苦しくさせる。

「本当にすみません……わたしの力が足りないばかりに……」

 彼女はもう一度、深く頭を下げた。

 しばらく沈黙が続く。

 マダピーが眉をしかめながら、口を開いた。

「言いにくいことだとは察しましたが、端的にお願いしていいですか? 申し訳ないですけど」

 大鳥は顔を上げ、小さく頷いた。

「……みなさんの映画の上映予定日に……」

 予定日に……別の要件が入って鑑賞できない?

 改装や清掃の予定が入って上映が遅れる?

 もしかしたら親御さんが反対して、どなりこんでくるとか?

 頭の中にネガティブなイメージがどんどん沸き上がってくる。

 それなのに最悪な状況を思いつかないのは、やはり舞い上がっていたせいだろうか?

 大鳥は俯いたまま、続けようとしていた。

 しかし、口元が震えているせいか、上手く言葉を出せずにいる。

「……その……すみませんが……」

 鼻をすする小さな音。

 彼女が泣いている。

 今すぐにでも抱きしめて安心させてあげたい一方で、胸の異物がアキトシの行動を押しとどめる。

 アキトシは異物を飲み下すように、息を飲んだ。

 そしてやっと、大鳥は小さな声で告白をした。

「……うちの閉館が、決まって、しまいました……」

 一瞬、店内の音がすべて消え去った気がした。

fh025

 頭の中に言葉が浮かんでこない。

 再び耳に店内の騒がしい音が届いたとき、やっと思考が巡り始める。

 最初に浮かんだ思いは、大鳥についてだった。

 ――彼女は、居場所を失ったんだ。

 彼女にとっても映画は大切なもの。

 それを上映する映画館の支配人になったのに、それを失ってしまう……

 自分の大切な家を失うことに等しい。

 だから、あんな迷子のような表情をしていたのだ。

 次いで考えたのは、自分の作品のことだった。

 作品を作っても、このままでは上映する場所がなくなってしまう。

 他の映画館に持ちこむことも可能だろうが、それはなぜか違う気がした。

 理由は少し考えればわかるはずだった。

 しかし、鈍くなった頭では考えがまとまらない。

 喪失感が広がる。

 胸の真ん中から、フィルムが焼けるように。


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