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「なんや、自己満足のために撮るんか?」第17話『グリーンマイル』/「フルタイム・ホビイスト」

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フルホビキャラ紹介02

 自分の作品を他人に観てもらうときは、いつも嬉しくて恐怖くて、自信と後悔、希望と諦めが入り混じった気持ちになる。

 ふと、専門学校時代にあった、上映会前日のことを思い出した。

 編集作業も提出日には終わらせ、取り返しのつかない状態だった。

 ベッドに寝転び、観客――クラスメイトたちの反応を想像する。

 ――最高だったぜ。めっちゃ面白かった。泣いたわー……。お前、天才だな。ちきしょー、負けを認めざるをえない。

 都合のいい妄想を繰り返している中に突然、否定的な意見を想像する。そうでなければ不公平だと思ったからだ。

 ――いや、まったく駄作だね。あのシーン、意味あったの? 眠かったわー。マジ? 俺、寝てたわ。シナリオもありきたり。もうちょっと勉強したら? 学校に来てなにを学んでたんだ?

 ところが、否定的な意見は止まらない。

 都合のいい称賛よりも、現実的で具体的で、妙に説得力があるから。

 どんどん怖くなっていく。

 体を丸め、布団で顔を隠し、強引に眠ろうとする。

 ただ、そこで恩師――伊丹の言葉を思い出した。

 ――よくできた。ところどころ荒いが、面白くできてると思うぞ。

 プロで活躍していた人の誉め言葉。

 それは自分に自信をつけさせるためのおべんちゃらだと、最初は思った。

 ――信じてないなぁ? 褒めるところがあるから素直に褒める。褒める箇所がなけりゃこっちもつらいんだ。楽に褒められるってことは、それだけイイって証拠なんだ。自信もってけ。

 ちょび髭がチャームポイントの恩師に満面の笑顔で言われたら否定できない。

 悪い気はせず、少しだけ自信を取り戻す。

 そうだ、きっと全員には刺さらなくても、誰か刺さる人は必ずいるんだ。

 自分が面白いと思って発表する作品なのだ。

 自信を持たなくてどうする。

 だが、やはり怖いものは怖い。

 なんとなく、信念をつらぬいた死刑囚と同じだなと思う。

 死ぬのは怖い。恐怖。

 けれど、自分は間違っていない。自信。

 信じてくれる人が自分の死を悼んでくれる。嬉しい。

 それでも、他に方法がなかったのか? 後悔。

 ……もう、どうしようもないという諦め。

 ひょっとしたら助かるかもしれないという希望。

 そして、審判の日を迎えるのだ。

 上映かの日も、今日も、それは変わらない。

 アキトシは深作と待ち合わせた喫茶店にやってきた。

 英国式の喫茶店で、従業員がメイドの恰好をしている。コスプレではなく、本物の制服だ。

 黒い木……たしかウォルナット――で飾られた内装。

 カーペットは芝生のような緑色だった。

 グリーンマイル……。

 昔、同名の映画があった。冤罪で牢獄へ入った優しい死刑囚が奇跡の力を持っており、人々を次々に癒していく。それを目の当たりにした看守との物語。

 その中で説明がある。

 死刑囚が死刑台へ向かう道。それこそが緑色の道(グリーンマイル)だと。

 深作に呼び出され、企画について話を切り出される。

 わざわざ呼び出すのだ。悪い方向ではないと思う。

 なのに、怖くて仕方なかった。

 これが、自分のグリーンマイルなのだと、感じずにいられなかった。

 深作は奥の席にいる。

 軽く手を挙げて場所を知らせてくれた。

「すいません、お待たせしました」

「いや、時間通りや。はよ来とったんはこっちの都合やし、気にせんといてくれ」

 表情を伺う。とくに不機嫌そうではない。

 やはり、いい話なのだろうか?

 自分の笑顔が増したのを自覚した。

「ほな、さっそく本題にはいろか」

「はい」

 低いテーブルには飲みかけのコーヒーと、メールで送った企画書の打ち出し。

 見た目も綺麗だ。

 内容が酷ければ付箋や赤文字で修正されているはず。つまり、修正する箇所がないということ……!

 希望が――

「ぜんぜんダメやな」

 打ち砕かれた。

「……え?」

「これでは資金は出せへん。前の方が企画があった分、判りやすかったわ。これ、どないことなん?」

「え……いや、改めて考え出した案ですけど……」

「まぁ、話としては筋は通ってると思うわ。けど、なんや、自己満足のために撮るんか?」

 深作の顔はニコニコしている。

 それが余計に怖い。

「これ、どこで視聴者が楽しむん?」

「ど、どこって……二人の恋愛が進む様子が」

「ゆうても結婚するのは決まっとるんやろ? 最初が結婚式の相談してるとこなんやから。ネタばれ最初にしてハラハラするんか?」

「え、いや、だから、えっと、そこから過去を振り返って二人がどうやってくっつくのかがポイントで……」

「ほんまにか? 予定調和にならへんか? 結果の見えてる試合ほど苦いもんはないで」

「そ、そんなことはないはずです……」

「どやろな。まぁ、そこも問題やけども、やっぱ『売り』や。なにが『売り』なんや? 金が絡むわけでもない、暴力があるわけでもない、セックス描写くらいはあるんか?」

 金、暴力、性描写。

 確かに売れるためには、それらが必要と言われた時代があった。

 そう、時代があったのだ。

 通じないわけではないが、明らかに古い論調だ。

 それこそ、グリーン・マイルの主軸は暴力でも金でも性描写でもない。

 優しさだ。

 もちろん、原作がかの有名なスティーブン・キングであったからともいえる。

 しかし、人の生活は変化している。

 求めるものも昔とは違うはずだ。

 どうやって説得したものか……

「あとな、この女主人公やけど、なんなん?」

 女主人公と言われ、心臓を掴まれたような気分になった。

「……え、なんなんとは……?」

「生意気ちゃうか? こんなんでヒロインが務まるんか?」

 生意気?

 まるで心当たりがない。

 大鳥をイメージして作ったキャラクターは天真爛漫で好奇心旺盛で、自分のやりたいことにまっすぐで、ちょっと頑固なとこがあって……

 ……まさか、自分のやりたいことをやる女、頑固というのが生意気なのか?

 ぞっとしてきた。

 生きている時代が違う。

 映画と接してきた時代が違う。

 育ってきた、持っている感性が違う。

 監督という生き物は、柔軟な思考とたくさんの視点を持っていると思っていた。

 深作もその一人。

 話して話せない人物ではないと思っていたのに。

「ともかく、このままではあかん。とくにヒロインは絶対変更や。バカなくせにわがままだけは通そうとするような女は好きになれへん」

「そ、それは深作さんの好みでしょ!?」

 つい、心の底から声が飛び出した。

「あぁ?」

 深作の顔が歪む。

 ドラム缶の中に押しこめられ、コンクリートを流しこまれて海の底に捨てられそうだと感じたが、もう引けない。

fh017

「ヒロインっちゅーんはどんな形であれ、男を慰めてなんぼや。そうでないなら、誰が楽しむんや?」

「そんなのがまかり通る時代じゃないんですよ……!」

「はっ。なんや、お前よりも二倍ほど生きてる男に説教こくんか?」

 深作が懐に手を突っこむ。

 銃かナイフでも取り出すのかと思ったが、出てきたのはタバコだった。

「せ、説教もします。それは了見の狭い意見で、間違ってる。映画は男だけの世界じゃないんです……!」

「なんや、兄やんは女のためにも映画を撮るっちゅーんか?」

「……それが『つながり』です……」

「くだらん」

「くだらなくなんかありません!」

 母親のことを思い出した。

 映画がつないだ、父との縁。

 すべてを否定されたような気がした。

「理解できませんよ……映画が好きな人が差別するなんて……」

「差別ちゃう。事実や。それが判らんお前は若いだけなんや」

 深作はたっぷり吸いこんだ煙を吐き出す。

「……見えてるもんが違い過ぎるなぁ」

「……お言葉ですけど、深作さんのレンズには煙がかかってると思います」

「はっ、いいよるわ。まぁ、けどもや。こっちも商売をやっとる身やからな。自分が納得できへんもんに金は払えん。こっちの条件をのめんようなら、資金提供の話はナシやで」

 人質にとられた。

 相手は自分の意思を通すために、こちらの弱点を突いてきたのだ。

 卑怯だ。

 けれど、判らないわけでもない。

 自分が良いと思っていないものに、わざわざお金を払うはずがない。

 アキトシも気に入らない商品にはお金を払ったりしないのだから。

「……オレは、信じてます」

「ほう?」

「オレは、オレの感性が時代にあってると、信じてます」

 深作は鼻で笑った。

「曲げへんのやな? そのヒロインで行くっちゅーんやな?」

「……はい。なけなしの人生を詰めこんだ作品です。オレは、これがオレの撮りたい作品だって、胸を張って言えます」

「……まぁ、ええ。どうしてもそれが撮りたいいうんなら、自分の力でなんとかしいや。他にええ本があったら、そんときは金出したる。ええか。その本には、ビタ一文払わへん」

「……かまいません」

 口論になってようやく理解した。

 アキトシは、今回の企画こそが、自分の撮りたい物をすべて詰めこんだ、会心の一作であると。

「まぁ、今回の用件はそれだけや。せいぜいがんばってくれ」

 シッシッと追い払うような仕草をする深作。

 これは、訣別だ。

 もし、いい本があれば金を出すと言う。しかし、その本を送るということは、深作の思想を飲みこんだことになるのだ。

 つまり、自分を殺すと言うこと。

 深作は、怖い人だった。

 けれど、この人が追い立ててくれなければ今回の企画は生まれなかっただろう。

 悔しさを含めながらもアキトシは立ち上がると、一礼する。

「……ありがとう、ございました」

 深作からの返事はなかった。

 アキトシは緑色のカーペットを抜け出す。

 そして誰にともなく、強く誓った。

 今回の作品だけは、かならず完成させて見せると。

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