塚口サンサン劇場の改革10年を記した人気連載! 書籍も発売中!

連載コーナーはこちら

第4回 映画の魔法/映画で旅するイタリア2017 旅のしおり

totop

1

ドーナッツクラブ選りすぐりのイタリア映画3本がいよいよ公開間近となった。旅のしおりの4ページ目として今回は、そのうちの1本にまつわる字幕話と作品の見所についてお話したいと思う。

我がクラブ独自の字幕制作システムについては前回の記事で既に述べた。翻訳最前線の下訳班に所属する私は今年、『Loro chi?(やつらって、誰?)』の字幕を担当した。下訳を申し出たきっかけは脚本の面白さに加え、山師の数々のセリフに惹かれたからである。

本作は人間の心理を上手く突いた作品。随所に山師の巧妙なトリックが仕掛けられていて、軽快なテンポで終始観客を惹きつける。字幕制作では登場人物のキャラクターを意識しながら、映像とセリフをしっかりと理解するよう努めた。コメディ映画は翻訳するのが楽しい反面、難易度が高い。日本とイタリアでは笑いのツボが異なる上、言葉遊びに不慣れな我々日本人にとって、ウイットに富んだ会話や洒落をどう字幕に反映させるかが問題となる。とはいえ下訳の段階では、字数を気にする必要はない。まずはセリフに隠された脚本家の意図さえ正確に汲み取れれば良い。

今回私の担当箇所は物語の中盤で、主人公と山師が意気投合し、盗みの計画が発生するまでの場面だった。字幕分担制では中盤担当ならば当然、物語の序盤も把握していなければならない。だがご存じの通り下訳班は翻訳最前線。それぞれが同時進行で下訳を進めているため、序盤担当者を当てにはできないのだ。映像とイタリア語台本、そして自分の力だけを頼りに映画全体を把握しないといけない。「頼むから台本通り喋ってくれ」と心底願うのは、メンバー中私だけではあるまい。

下訳作業を終えた後は必ず全体とのバランスをチェックする。締切日まで時間がないと担当箇所だけで精一杯になるので、少しでも客観的に全体を見るために出先でも確認作業をしたりする。本作では山師の一連の所作がラストに繋がっているため、何度も全編を見直した。側から見れば電車内や飲食店で俗語の確認をしている私はかなり怪しいはずだが、より良いものを作るために出来る限りのことをするのが私流だ。

本作の見所は何といっても山師マルチェッロの、人を出し抜く天才的なテクニックである。プロの山師に人々は夢を叶えてもらい、次々と喜んで騙されてゆく。しかし山師も所詮は人間。騙し取った金で満足するかと思いきや、本当に欲しいものは金で買えなかったりする。この辺りのイタリア映画ならではの人情の映し方は非常に上手い。実力派俳優の演技も実に見事である。

今回、不覚にも山師の数々のセリフに惹かれたのだが、中でも一番気に入ったのが「映画の魔法」という言葉だ。ドーナッツクラブHPの予告編でもご覧頂けるように、マルチェッロが騙し取った金を撒きながら「映画の魔法だよ 喜びを広めて 金を頂く」と言う場面がある。(自称芸術家のマルチェッロ曰く、正確には本編中では「芸術の魔法」なのだが、敢えて予告編通り「映画」で話をさせてもらう。)この言葉を耳にした時、字幕も映画の魔法の一つなのではないかという気がした。金を頂くというフレーズはさておいて、字幕は言葉一つで人に喜びや楽しさを広めることができる。工夫次第で人の心を潤すこともできる。今回の字幕制作で少しは映画の魔法とやらに助力できただろうか、なんて考えている私は、まんまと山師に騙されているのかもしれない。

執筆:ココナツくにこ
1978年東京都生まれ。2015年、渋谷での上映会を機にドーナッツクラブに加入。語学教室に勤務する傍ら字幕翻訳に従事。現在、プロの字幕翻訳家を目指して修行中。好きなイタリア人俳優はA・ガスマン、F・ベンティヴォリオ。

totop