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第2回 訳の正しさと美しさ/映画で旅するイタリア2017 旅のしおり

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私のイタリア語熱の始まりは、高校2年生の頃に遡る。テレビから聞こえてきた語学番組での例文発音。惚れた。心地よいその語調に。「この言葉のことをもっと知りたい!」と、大阪外大の学祭へ観に行ったイタリア語劇は、受験勉強を後押ししてくれただけでなく、のちにドーナッツクラブを創設することとなる人たちに出会うきっかけとなった。学年に関わらずみんなで楽しいことをやろう、やるからにはいいものを作ろう、という語劇時代の姿勢はドーナッツクラブにも引き継がれていて、そんな雰囲気が好きで、私は社会人になってからもドーナッツクラブ主催の映画上映会などに顔を出していた。そんな縁で字幕制作に参加させてもらうことになった。

「誤訳があります」
ある日のミーティングで代表が言った言葉。体に衝撃が走った。名指しでは指摘されなかったが、十分な見直しをしないまま納期を迎え、そのまま提出した覚えがあった。自分の検証が不十分だったためにチェック作業に大きな負担をかけていたのだ。段階的なチェック体制への甘えと自分の翻訳への過信があった。基本を疎かにしていたと猛省した。

それ以降、いっそう神経質に時間確保に努めるようになった。担当する分量や難易度は台本を読むまで分からないので、一通り訳し終えるのがいつになるかが鍵だ。納得できるまで何度も見直そうと思ったら、時間なんていくらあっても足りやしない。
台本を受け取ったら、エクセルに台詞を一つずつコピー&ペーストする。台本と実際の映像では、言い回しが変わったり、シーンがカットされたりしていることもあるのでややこしい。直近の作品ではこの作業だけで30分の映像に対し3時間弱かかった。
そしていよいよ翻訳に取り掛かる。辞書を引く、インターネットで検索する、などしていると時間が経つのはあっという間だ。数分間の映像を翻訳するのに数時間かかるなんてのはざら。方言や世代、環境によっても言葉遣いはさまざまで、知識不足・力不足を痛感する。にもかかわらず、原文の魅力を日本語で伝えたいという欲が出る。いいなあ、好きだなあという表現に出会うと、つい有限だということを忘れて時間と体力を費やしてしまう。字幕映画の良いところは俳優の声が聴けること。字幕がついている以外は現地の人と同じものを共有できるのだ。ならばと、作品の魅力をそのまま感じてもらえるような、より良く伝えられるような字幕を目指して取り組んでいる。

前回ご紹介した権利交渉段階での奮闘があって、今年は「第2のイタリア映画祭」といっても過言ではない3作品を上映できることになった。微力ながらも携われた感謝と、誤訳がありませんようにという気持ちを込めて、担当分の字幕原稿をEメールに添付し、送信ボタンを押した。

今回の担当部分で一番気に入った言葉は“La sua vita è un libro aperto.” 。直訳すると「彼の人生は開かれた本です」。有名人だった「彼」の人生は詳細に記事になり世間にさらけ出されているので、ページを開いた本のように誰もが容易に調べることができるということである。この解釈で正しいと思うのだけど…。すてきな隠喩が銀幕にどう出てくるのか楽しみだ。

執筆:あかりきなこ
1984年兵庫県生まれ。2010年ドーナッツクラブに加入。
イタリア語に導かれるように進路を決め、2005年ボローニャでのホームステイでイタリア人家族の生活を体感。食や家族・伝統などの良さに気づく機会となった。大学卒業後はサービス業に従事する傍らイタリアをキーワードに興味の幅を広げている。

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